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会期 | 令和元年9月20日(金曜日)~12月15日(日曜日)
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展示内容 | 戦国時代を経て天下統一が進み、大名権力の目的が領土の拡大から維持と支配に移るにつれ、城の役割は合戦を主体とした、戦う・守るための施設から、支配のための拠点へと変わっていきます。新たな役割を担う城の周辺には、それを支えるための人びとが集まる城下町が作られていきます。城と城下町が一組となった展開は武士が支配の頂点にたち身分ごとの役割を果たすことで成り立った「近世」という時代を象徴する存在といえます。 本展覧会では、讃岐国(現香川県)の高松と丸亀の城と城下町について、絵図や文献資料をもとに、その変遷や構成について紹介します。 |
展示点数 | 29件29点 |
組織 | 香川県立ミュージアム 常設展示室1 |
観覧料 | 一般410円(330円) *( )内は20名以上の団体料金 *高校生以下、65歳以上の方、身体障害者手帳等をお持ちの方は無料 |
日時 | 10月14日(月曜日・祝)、12月7日(土曜日)13時30分~ *申し込み不要、観覧券が必要 |
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場所 | 常設展示室1 |
高松松平家が讃岐高松を拝領して間もないころの城下の様子を描いた屏風絵。上空から見下ろすような構図で、当時の城と城下町のほぼ全貌を描いている。高松の旧城下で実施された発掘成果と合致する点が多く確認され、また他の城下絵図との比較からも、絵画的な表現を用いているが、地図としての正確さをもち、また描写内容も当時の様子を忠実に反映していると考えられる。高松城下を考える上での基本的かつ重要な資料のひとつである。城下で活動する人々の様子も表されており、当時の生活や習俗を知る手がかりとしても貴重である。(前期展示 9月20日~10月20日)
高松城下を描いた絵図類はいくつか所在が確認されているが、寛永末期(1640年代)から享保期(1716~35)の時期の城下を表す絵図はこれまで確認されていなかった。本絵図はその空白期間を埋める貴重な絵図である。高松松平家は、前領主の高松城天守を改修、北の丸・東の丸という曲輪を新たに築造して城の拡充を図った。東の丸にあたる部分が本図では空白になっており、本図が、城の改修が行われている時期の様子を表していることが確認できる。武士や町人の居住域の配置が後年と異なる部分があるなど、これまで知られていなかった情報もあり、今後の高松城下研究での活用が期待される資料である。
丸亀城の周辺に広がる城下町の様子を描いた絵図。表されている町の様子は寛政期(1789~1800)のものであるとの書き込みがある。城が二重の堀で囲まれ、外堀から海に向かって伸びる東西二本の堀により区切られた地区が城下町となっている様子がよく分かる。外堀の内側は武士が居住する区域で、外堀から海側にかけて町人地が広がっている。
画面右上に弓状に曲がる道が見えるが、この左右に展開する町人地は、生駒家が讃岐国を支配した時期に整備された、丸亀城下では古い地区になる。直線ではない街路は、海岸線に沿ったものとみられ、地形と城下町形成の関係をうかがわせる。
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