令和2年4月14日 答申第530号(香川県情報公開審査会答申)
令和2年4月14日 答申第530号
答申
第1 香川県情報公開審査会(以下「審査会」という。)の結論
本件審査請求に係る行政文書について、香川県知事(以下「処分庁」という。)が非公開とした決定は、妥当である。
第2 審査請求に至る経緯
1 審査請求人は、処分庁が国に提出した平成26年度分から平成30年度分までの衛生行政報告例の調査票の第1の表(以下単に「第1表」という。)に記録された情報に関連し、令和元年6月17日付けで、香川県情報公開条例(平成12年香川県条例第54号。以下「条例」という。)第5条の規定により、処分庁に対し、本件公開請求を行った。衛生行政報告例は、衛生行政運営の基礎資料を得ることを目的に国が実施する調査であり、第1表は、上記各年度分に係る精神障害者に関する申請・通報・届出及び移送の状況が記された文書である。
2 処分庁は、本件公開請求に対応する行政文書として、次の表の左欄に掲げる請求内容の区分に応じ、それぞれ同表の中欄に掲げる行政文書を特定し、同表の右欄に掲げる理由により、いずれも非公開とする決定(以下「本件処分」という。)を行い、令和元年6月28日付けで、審査請求人に通知した。
請求内容 |
行政文書 |
非公開決定の理由 |
第1表に記された申請通報件数の根拠となる一切の文書 |
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条例第7条第1号本文該当 |
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文書不存在(出先機関のみが保有しているため) |
第1表の「一般からの申請」の項の(1)から(9)までの欄に記された件数の根拠となる一切の文書 |
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条例第7条第1号本文該当 |
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文書不存在(出先機関のみが保有しているため) |
- 精神保健及び精神障害者福祉に関する法律第27条に基づく調査票
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文書不存在(出先機関のみが保有しているため) |
- 精神保健及び精神障害者福祉に関する法律の規定による診察の結果について
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条例第7条第1号本文該当 |
- 措置入院のための移送に関する事前調査及び移送記録票
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条例第7条第1号本文該当 |
その他、第1表の「一般からの申請」の項の(1)の欄に記された件数に関連するもの |
― |
文書不存在 |
3 審査請求人は、本件処分を不服として、令和元年7月26日付けで行政不服審査法(平成26年法律第68号)第2条の規定により、処分庁に対して審査請求を行った。
第3 審査請求の内容
1 審査請求の趣旨
本件審査請求の趣旨は、本件処分の取消しを求めるものである。
2 審査請求の理由
審査請求人の主張する審査請求の理由は、おおむね次のとおりである。
(1)第1表中「一般からの申請」に対応する処分庁の作成に係る手引中の各種様式のいずれが用いられたかを単に開示しても、条例第7条第1号の趣旨及び解釈 5「…カルテや反省文のような情報で、個人が識別されなくとも、その第三者への公開が個人の人格権を侵害するおそれがあるもの」に該当しない。個人識別情報は秘匿する一方で、各様式申請日、同受理日、同作成日、同調査日等は開示しても、全く問題ない。
(2)各様式に係る個人識別情報をマスキングすることについて、多大の労力を要する場合は、一覧表の開示で足りる(現に調製済みか、又は容易に調製し得ると推認。)。
3 反論書による主張
審査請求人が反論書において主張している理由は、おおむね次のとおりである。
- (1)本件処分に対して「行政機関が部分開示を実施すべき義務の範囲」を行政機関の保有する情報の公開に関する法律(平成11年法律第42号。以下「情報公開法」という。)及び条例並びに最高裁判例(以下「最判」という。)に則して、明示すべきである。
- (2)情報公開法第6条第1項は、行政文書に不開示情報が記載されていてもそれを除いて開示すべきことを原則とし、同条第2項は、個人識別情報(第5条第1号)につき個人識別情報を除いて開示することを定めるものであるが、弁明書には第6条との整合に関する記載がない。
- (3)弁明書では条例第7条第1号本文前段及び後段に言及しているが第8条の整合に関する記載がない。「各様式申請日、同受理日、同作成日、同調査日等」の第8条該当性及びその理由を明示すべきである。
- (4)各様式申請日等の記載は、情報の一部分をなす構成要素にすぎず、モザイク・アプローチによる個人の識別はできない。
- (5)あくまで、行政文書として化体した情報の公開に係る取扱いを、情報公開法及び条例は定めているものであって、ある一般人が、その個人の非業務的活動に伴い有する情報を前提に、あるいは、仮定として、部分開示または一部公開が決定されるものではない。そのような前提あるいは仮定を付款することは国民に対する説明責任を減じ、県民の知る権利を制限するものであって、許されない。これが許されるのであれば報道機関が固有の取材活動により得た情報をベースに公開請求をした場合、「開示すると個人識別情報を推定できる可能性があるからとの理由により、非公開決定」するのか。
- (6)第200回国会議案中、情報公開法の一部改正法律案(未成立)本文中、第6条第1項の改正が含まれていたことに留意(最判小3平成13年3月13日(民集55巻2号530頁)判示の、いわゆる独立一体説を否定するという改正趣旨)すべきである。
第4 処分庁の説明の要旨
弁明書における処分庁の説明は、おおむね次のとおりである。
1 条例第7条第1号本文を理由に非公開とした行政文書は、「精神障害者等の診察保護申請書(様式1)」に始まり、「措置入院のための移送に関する事前調査及び移送記録票(様式6)」に至るまで、個人の住所・氏名等はもとより、精神障害により保護の必要があると見做された具体的症状や、措置入院先病院等が詳細に記載されており、この点は明確に個人の名誉や人格権に関わる情報であると考えられるため、条例第7条第1号本文後段に該当する。
2 審査請求人は「個人識別情報は秘匿する一方で、各様式申請日、同受理日、同作成日、同調査日等は開示しても、全く問題ない」と主張しているが、精神保健及び精神障害者福祉に関する法律(昭和25年法律第123号)第22条に係る一般からの申請とは、「精神障害者又はその疑いのある者を知った者は、誰でも、その者について指定医の診察及び必要な保護を都道府県知事に申請することができる。(同法第22条第1項)」との定めに基づく、一般人による精神障害の疑いのある者に対する保護申請であり、この申請に係る一連の書類を一部公開すると、たとえ公開内容が日付けのみであったとしても、例えば一般からの申請を行った者がその一部公開文書を目にした場合、自身が当該申請をした日等と突合することでその申請を特定・推定し、以降連続する日付けの調査・診察・入院決定を追うことで、精神障害の疑いがあるものとして申請対象となった者が、一般からの申請以降どのような経緯をたどりどのように処置されたか(措置入院とされたか、診察が行われたかなど)を推定できる可能性があり、なお個人が特定されるおそれが残存していると考えられる(条例第7条第1号本文前段に該当)。
第5 審査会の判断
当審査会は、本件処分について審査した結果、以下のように判断する。なお、審査請求人は本件処分の取消しを求めるが、第2の2の表に掲げる行政文書のうち、条例第7条第1号本文に該当することを理由に非公開とされた行政文書(以下「本件文書」という。)に係る決定を不服としているものであり、本件処分のうち文書を特定し、及び文書不存在により非公開決定とした部分を争ってはいないと解されることから、その妥当性については審査の対象に含まないこととする。
1 判断における基本的な考え方について
条例は、その第1条にあるように、県民の行政文書の公開を求める権利を具体的に明らかにするとともに、行政文書の公開に関し必要な事項を定めることにより、県の保有する情報の一層の公開を図り、県政に関し県民に説明する責務が全うされるようにし、県政に対する県民の理解と信頼を深め、もって地方自治の本旨に即した県政の発展に寄与することを目的として制定されたものであり、審査に当たっては、これらの趣旨を十分に尊重し、関係条項を解釈し、判断するものである。
2 本件文書について
当審査会は、本件文書を見分し、それぞれ以下の内容を確認した。
- (1)精神障害者等の診察保護申請書(以下「申請書」という。)
精神障害者又はその疑いのある者を知った者は、誰でも、その者について指定医の診察及び必要な保護を都道府県知事に申請することができる。その際作成される申請書には申請者の住所、氏名及び生年月日、本人(申請対象者をいう。以下同じ。)の現在場所、居住地、氏名、性別及び生年月日、本人の症状の概要等の記載がある。
- (2)精神保健及び精神障害者福祉に関する法律の規定による診察の結果(以下「診察の結果」という。)
診察の結果は上記申請等があり、保健所による本人の調査の結果、指定医による診察が必要と判断された場合に作成される報告書(保健所長から健康福祉部長宛て)である。これには本人の氏名、診察の状況(指定医の判定含む)、入・通院予定病院名等の記載がある。
- (3)措置入院のための移送に関する事前調査及び移送記録票(以下「移送記録票」という。)
移送記録票は措置診察あるいは措置入院のために移送を行った場合に作成されるものであり、措置入院のための診察が必要と考えられる者の氏名及び住所、職業、移送先指定病院名、調査時の状況等が記載されている。また、調査時の状況欄には、本人の容貌及び態様、調査員との会話内容等が詳細に記載されているものも認められた。
3 本件文書の全部非公開の妥当性について
処分庁は、本件文書に記載されている情報について、条例第7条第1号の非公開情報(個人情報)に該当することを主張し、一方、審査請求人は本件文書の同号に該当する部分を除いて公開すべきであると主張しているため、以下検討する。
- (1)条例第7条第1号本文該当性
本号は、個人の尊厳及び基本的人権尊重の立場から、個人に関する情報は最大限に保護されることが必要であるため、特定の個人が識別され得る情報又は特定の個人を識別することはできないが、公にすることにより、なお個人の権利を害するおそれがある場合は、原則として非公開とすることを定めたものである。また、特定の個人を識別することはできないが、公にすることにより、なお個人の権利を害するおそれがあるものとは、個人が識別されなくとも、その第三者への公開が個人の人格権を侵害するおそれがあるものをいう。
上記2のとおり、本件文書には、本人の氏名等個人識別情報が含まれている。さらに、本件文書に記載されている情報は、本人の精神状態について一般人からの評価のみならず、指定医による精神障害等の有無及び措置入院の要否の判断、あるいはそれらに基づいて行われた事務の内容であるため、個人の人格、名誉に大きく関わる情報といえる。かかる情報が記載された本件文書は、氏名等個人識別情報が含まれているか否かにかかわらず、公にすることにより個人の人格権を害するおそれがあるものといえる。
よって、本件文書に記録された情報は、個人に関する情報であって、特定の個人を識別することができるもの又は特定の個人を識別することはできないが、公にすることにより、なお個人の権利利益を害するおそれがあるもの、すなわち条例第7条第1号本文に該当し、同号ただし書に該当する場合に限り公開されることになる。
- (2)条例第7条第1号ただし書該当性
本件文書に記録された情報について、条例第7条第1号ただし書(ウを除く。)に該当する事情は、認められない。また、同号ただし書ウの該当性については、本件文書に記録された情報には公務員の職務の遂行に係る情報に含まれる当該公務員の職の名称その他職務上の地位を表す名称及び氏名が含まれているが、下記(3)のとおり本件文書は一部公開が認められないものであり、その判断には及ばない。
- (3)一部公開について
条例第8条第2項は、条例第7条第1号に規定する個人に関する情報が記録されている場合で、個人識別性がある部分とそれ以外の部分とを区分して取り扱うことができるときには、個人識別性のある部分を除いて公開する義務があることを定めている。この趣旨は、個人に関する情報は、氏名その他特定の個人が識別され得る情報の部分に限られないから、個人識別性のある部分を除くことにより、公にしたとしても個人の権利利益を不当に害されるおそれがないと認められるときはこれを非公開とする意義に乏しいため、公開するというものである。しかしながら、個人の人格等と密接に関連する情報は、個人識別性のある部分を除いたとしてもなお個人の権利利益を不当に害するおそれがあるため、一部公開は相当ではない。処分庁は本件文書に記録された日付けの公開により特定個人が識別され得るとして条例第7条第1号本文前段の該当性についても言及するが、本件文書は氏名等個人識別情報が含まれているか否かにかかわらず、公にすることにより個人の人格権を害するおそれがあるのは前述のとおりであり、同号本文前段の該当性にかかわらず、一部公開は認められない。
4 審査請求人のその他の主張について
審査請求人は、その他種々の主張をしているが、いずれも当審査会の上記判断を左右するものではない。
5 結論
よって、当審査会は、「第1 審査会の結論」のとおり判断する。
第6 審査会の審査経過
(省略)
401号~450号 451号~500号 501号~