ここから本文です。
香川の魅力
四国には豊かな文化を積み上げてきた紙作りの産業がある。
そこに、讃岐の伝承を刻む切り絵作家がいる。
長谷川さんの手で讃岐の地に眠っていた歴史や物語が、繊細かつ力強く浮かび上がる。
撮影:西川博喜
「かがわ・山なみ芸術祭2022AYAGAWA」に出品した「夢食む」。平和を望む人々の願いの具現化をテーマに、鉄や銅、武器も食べるというバクをモチーフに制作したという。空間を生かし、光と影が新たな魅力を生み出すインスタレーション作品。
長谷川隆子さんは、愛媛県で生まれ紙の文化に包まれて育ったが、紙のアートを一直線に目指したわけではなかった。京都の大学では洋画を専攻し、留学中に彫刻、陶芸、野外に映像を設置するインタラクティブアートなど、さまざまな分野に興味を持つ。さらに、観客が共に楽しめるアートを模索し、大学院では彫刻を学んだ。
卒業後、愛媛に帰ってきた長谷川さんは、アートが身近なものではないと感じた。これまで自分が積み上げてきたものは、限られた美術の世界でしか通用しないものだったのか。そんな落胆もあり、情熱は幼いわが子にシフトした。それでも、子育ての傍らで身近にある紙を使った制作を続け、アトリエを求めて祖母の残した香川県観音寺市の家に転居する。
そこで出合ったアートイベントへの参加が転機となる。2013年からは瀬戸内国際芸術祭の公式プログラムとして実施され、街歩きのコンテンツとして県内外の人を楽しませている「よるしるべ」だ。これまでは、自分の中からひたすら作品のテーマやデザインを絞り出していたが、地域おこしが趣旨のイベントでは、地元の歴史や文化からヒントを得て、作品を生み出すことが必要とされる。そこで、市内にある専念寺に残された小林一茶の句碑から模写した文字を中心に作品を構成してみた。また、かまぼこ店の貴重な赤れんがの建物では、地域が誇る砂絵の寛永通宝や根上がり松、海産物を作品に盛り込んだ。そこに有明浜の映像を投影して、懐かしいイメージを呼び起こすような作品に仕上がった。その地に根付いたものをモチーフに織り込むと、地元の人々が笑顔で集まるようになった。リサーチから作品展示まで、人と人がつながる喜びも感じるようになったのだ。
切り絵を始めた当初から手掛けている蝶(チョウ)。二つに折って切り込んでいけば、左右対称の美しい作品が生まれる。
香川県の山間部で開催されている「かがわ・山なみ芸術祭」でも、土地の歴史を調べ、廃仏毀釈(はいぶつきしゃく)の難から逃げ延びてきたという国指定重要文化財の「宝幢菩薩像(ほうどうぼさつぞう)」や、讃岐平野に残る煙草(たばこ)乾燥小屋を不死鳥に重ねた「火焔(かえん)」を発表。雷と共に現れると伝わる雷獣を紙の上に生き生きとよみがえらせ、平和を願って悪夢や武器も食べてくれるという霊獣バクに、香川県の伝統工芸品「組手障子(くでしょうじ)」の模様を組み合わせた。そうすると、地域の高齢者の方々が誘い合わせて作品を見に来てくれた。中には手を合わせる人までいる。アートが思い出や気付きの入り口になることを確信した。
調べれば調べるほど、讃岐には興味深い歴史がちりばめられていると長谷川さんは語る。全国的にも山間部が少ないとされる讃岐の、限られた山並みにも心惹(ひ)かれる。伊予や阿波につながる讃岐山脈には、無人の神社や小さな祠(ほこら)が、あちこちに残され、それを守り続ける人々がいる。そんな愛しい神様や、そこに伝わる物語が、紙の中に浮かび上がる喜びに挑みたいという。
今後は四国から全国を目指したいと語る長谷川さん。作品を通じて讃岐の文化が新たな魅力をまとって広がることだろう。
2023年夏に高松市石の民俗資料館で開催した個展「うぶすな」。「うぶすな」とは、その人の生まれ
た土地に根付く守護神のこと。太古から大きく姿を変えていないといわれる亀の背中には、いにしえか
ら続く土地の営みのシンボルとして原始植物であるシダや鉱石などを配置している。
高松市塩江町に伝わる大ヘビ退治の物語を題材にした
作品。今年の干支「ヘビ」も美しい身をよじらせて、地元
の伝説を語りかけてくるようだ。
撮影:宮脇慎太郎
個展「うぶすな」のオープニング。切り絵の衣装をまとったダンスパフォーマンスの一場面。
撮影:宮脇慎太郎
長谷川隆子 1981年 愛媛県生まれ、 現在は香川県観音寺市に在住 |
|
|
|
このページに関するお問い合わせ