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香川の魅力
目次
アート県として名をはせ、漆芸の伝統を守る香川県。この地でガラス工芸作家という独自の道を歩む東條裕志さんは、作品によって漆芸のように幾重にもガラスを彫り込んでいくという。弘法大師・空海誕生の地として知られる善通寺市に工房を構える東條裕志さんを訪ね作品の魅力を探る。
若冲のひまわりがモチーフとなり、まんのうのひまわり、民家の庭に咲くひまわりを印象風景として創作した。花びらの一枚一枚を丁寧に彫り出している。(2018年欧美国際公募スペイン美術賞展・推薦作品)
子どもの頃追いかけていたカブトムシをはじめ虫たちを彫った「群虫図」の一部。(2020年サロン・ドトーヌ入選作品)
生まれも育ちも香川県の田園地帯という東條さん。その作品には自然の中の小さな命が登場する。透明な宇宙をのぞき込むと、今にも動き出しそうな虫、そよぎ出しそうなひまわり、尾びれを揺らすかのような金魚が命の輝きを詩(うた)っているようだ。
東條さんがガラス工芸を始めたのは36歳の時。東京で通常より短期間でサンドブラスト※1の技法を学び、2年もたたないうちに硝子彫刻展において優秀賞を受賞した。
心を捉えた身近な自然や生き物の美しさや力強さをどう表現するか。それも、ありのままではなく、印象を大切に幾通りもの彫り方を試してみる。命を吹き込むために、感性を研ぎ澄まし、より豊かな表現を追求し続ける。一心不乱という言葉通り、あるときはガラスの中に自らが吸い込まれるような感覚を覚えた。
アート作品を志すと、これまでとは違う視点が生まれたという。生まれた街にある丸亀市猪熊弦一郎現代美術館では、うごめく線の面白さにハッとし、住まいの隣町にある金刀比羅宮(ことひらぐう)の奥書院※2では、伊藤若冲(じゃくちゅう)の作品のとりこになった。香川県に生まれ住んで、身近に刺激があふれている幸運をかみしめた。
特に若冲の命そのものを表現したようなひまわりに心打たれ、「ひまわり」が永遠のテーマになったという。まんのう町のひまわり畑※3にも幾度か足を運び、特にコロナ禍では、ひっそりとこもってしまった人々を尻目に、生き生きと命を輝かせるひまわりに励まされ、教えられたと振り返る。
制作を進める内に線の面白さ、線の大切さに気付いて昨年から創作が始まった「線シリーズ」。今年の新作は「めぐる(circulate)」。
ゴムシートに線を写し、ガラス本体に貼り付け、それを細かく切り取り、最後に金剛砂と呼ばれる粉のような砂を吹き付けて彫るサンドブラストの作業風景。東條さんの場合は切り取り作業にかなりの時間を要する。
東條さんはガラス工芸のみならずユーモアあふれるイラストも描く。人を癒やし、笑顔にする作品を作りたいと願っているからだ。ジャンルを問わず自由に表現し続けていきたいと今後を語る東條さん。それでも「最後はガラスに帰ってきますよ」と愛情の深さをのぞかせる。その愛すべき作品たちを携えて、パリでの個展も夢の一つという。2020年、21年は、フランスのパリで毎年秋に開催される「サロン・ドトーヌ」で連続入選を果たした。同展は藤田嗣治(つぐはる)や東郷青児(せいじ)らが入選した歴史ある展覧会だ。「香川に住んでいなければ私の作品は生まれなかった」と語る東條さん。繊細でありながら力強さを感じさせる讃岐生まれの命の輝きが、世界を魅了する日が待ち遠しい。
桜の花びらが舞い散る水辺に目覚めたばかりの金魚が泳ぐ
さまを春の訪れとして表現した「春便り」。(2023年伝統工芸四国展入選作品)
ガラス工芸作家 東條 裕志 1969年香川県丸亀市生まれ。2006年サンドブラストによる硝子彫刻を始める。現在善通寺市にアトリエを構える。第1回硝子彫刻展・優秀賞受賞をはじめ、香川県美術展覧会、伝統工芸四国展、欧美国際公募コルシカ美術賞展、日本・フランス現代美術世界展、サロン・ドトーヌなど国内外の公募展で入選や受賞多数。作品の一部は、善通寺市のふるさと納税品に選ばれている。 ガラス工芸 東條 |
※1 圧縮した空気によって硬質の砂をガラスの表面に吹き付けて削るガラス工芸の技法。
※2 通常は非公開。最近では2023年に特別公開が行われた。
※3 香川県まんのう町帆山(ほのやま)地区では最盛期には約100万本といわれるひまわりが開花、7月にひまわり祭りが開催される。
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