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生かされている私は、時には、大きな壁画や寺院の障壁画を、長い年月をかけて描く運命に巡り合った。
それは全て思いがけないことであり、私には不可能とさえ思われる仕事であったが、一期一会とも言うべき機縁を大切にしたいと思った。
また、国内は勿論だが、外国へも、度々、旅行することがあり、それらの旅から得たいくつかのテーマを持つ纏った作品が、それぞれ生まれた。
平生、描いている個々の作品も、その折々の私の歩みに、密接に結びついているのは言う迄もない。
旅とは私にとって何を意味するのか。
この問いを自分自身に問い続けながら、私は人生の大半を過してきた気がする。
たしかに人間にとって、生きていること自体が旅ではある。ある時、どこからかこの世にやって来た私は、やがて、どこかに消え去って行く。いままでに実に多くの人と巡り合い、また、別れてきた。
歳月の推移、境遇の変化、心の遍歴――人はみな旅人である。この一筋の寂しい道こそ、私の心の道である。
「描くこと」は、「祈ること」であるとは、終始一貫して私の信条である。
1995年『東山魁夷 自然のなかの喜び』(講談社刊)序文より
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