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香川の魅力
目次
昭和40年代頃まで麦の産地として名をはせていた香川県。麦の穂から讃岐うどんが生まれ、麦わらからは帽子が生まれた。香川県観音寺(かんおんじ)市は麦わら帽子の生産地で、大正から昭和にかけて帽子作りの店が軒を並べていた。ところが、今では観音寺市内に2軒のみとなる。伝統の技を守るべく生まれた「むぎ漆ぼうし」の完成までを追う。
令和2年に香川県の地域産業資源に指定された観音寺市の「麦わら帽子」と、香川漆器の共に優れた技のコラボレーションで誕生した「むぎ漆ぼうし」。
丸高製帽所の麦わら帽子は、創業当時からのミシンを使い、国産で精巧な極細7ミリ幅の麦稈真田(ばっかんさなだ)※1を、わずか2ミリの縫い代で頭頂部からぐるぐると丁寧に縫い上げて作る。人の手でカーブを作った帽子は、頭にフィットし驚くほど心地よい。空気を含んだ天然の麦を編み込んだ細い麦稈真田で作り出される麦わら帽子は、通気性が良く、涼しさが格段に違う。ところが、このミシンで縫える人物が高齢の女性一人になってしまった。その現実を目の当たりにした高橋大介さんは、家業を継ぐことを決意。丸高製帽所の四代目候補として3年前に入社し、こつこつ帽子作りを学ぶ。しかし、OEM※2や布帽子の製造が主流となった今、評価してくれる人がいなければ伝統的な技は途絶えてしまう。新たな一手を打ち出したいと悩み、伝統工芸の力を借りて香川県にしかできない麦わら帽子を作りたいと願うようになった。
輸入品や紙素材のものに押され貴重となった国産、
天然の麦わら帽子。熟練の技により手の感覚のみで
形づくられていく。
人の縁を大切にしたいので、何事にもチャレンジ
してきたという松本さん。器に限らずお面やギター
など、個性的な作品を創り出す。
「帽子作りの技は、一日や二日で覚えられるものではありません。一年一年と技を磨いていくものです。ですから長く従事してもらえる地元の人に頼るしかない。だからこそ地元にこだわりました。それでいて今まで見たことのない帽子を作りたかったんです」と思いがほとばしる高橋さん。白羽の矢が立ったのが、香川県の伝統工芸品の代表とも言える香川漆器の技。引き受けてくれたのは、漆の新たな世界を開きたいとチャレンジを続けている「さぬきうるしSinra(しんら)」の松本光太さんだった。
最初に高橋さんから話を聞いた松本さんは「麦わら帽子でヘルメットを作りたいのか。それも面白い」と胸中でつぶやいたという。例えば漆は竹で編んだ籃胎(らんたい)という素地をかたく丈夫にするために塗り重ねるときにも用いる。そこで、柔らかい麦わらをかたくするならできると思ったのだ。ところが話は真逆だった。麦わら帽子の通気性としなやかさを保ったまま、美しく仕上げたいという。これには「とにかくやってみる」としか答えようがなかった。松本さんの試行錯誤が始まり、塗り方乾かし方に工夫を重ねては、高橋さんと出来上がりを確かめ合う。そうして、一歩ずつ進んでいった先にやっと世に出せるものが姿を現した。
漆は令和3年度の研究で抗菌効果があることが証明※3されている。麦わら帽子は水に弱いものだが、漆のコーティングにより、雨にも汗にも強い帽子となった。つまり、夏の頭を心地よく守る快適な麦わら帽子が完成したのだ。そして、香川県が主催する令和4年度かがわ県産品コンクールに出品、見事知事賞に輝く。
チャレンジを絶やさない高橋さんと松本さん二人の協業によって、香川ならではの麦わら帽子は誕生した。新時代を生きる人々の柔らかい頭を守り、ステキな風を吹かせてほしいと願う「むぎ漆ぼうし」である。
高橋大介さん 1979年香川県観音寺市生まれ。2020年、15年勤めた地元印刷会社を退職し父が営む丸高製帽所に入社。2021年BEAMS JAPAN(ビームス ジャパン)からチューリップハットを発売。2022年「むぎ漆ぼうし」が令和4年度かがわ県産品コンクール知事賞(最優秀賞)受賞。 有限会社丸高製帽所 |
松本光太さん 1974年愛媛県で誕生。生後すぐに香川県
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長年作り続けている小学生用の黄色い通学帽の仕上がりの良さが認められ、BEAMS JAPANから発売された大人もかぶれる通学帽風チューリップハット。
県産品の一つである庵治石の粉を漆に混ぜて塗る「石粉塗」の手法で誕生した「ISHIKO」シリーズ。驚くほど軽くて丈夫、傷や指紋もつきにくい。
※1 麦わらを平らにつぶし真田紐(さなだひも)のように編み上げた紐状のもの
※2 「Original Equipment Manufacturing(Manufacturer)」の略。他社ブランドの製品を製造すること。
※3 令和3年度に経済産業省と日本漆器協同組合連合会が事務局となり設置された「うるし振興研究会」が、食中毒に起因する4種類の菌で漆の抗菌性を検証した結果、非常に有効であることが分かった。抗ウイルス(SARS-CoV-2)性についても、24時間後には約99.7%が不活性化(死滅)する。
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